「怪異」の政治社会学

レビュー本

「怪異」の政治社会学

単著

歴史

髙谷知佳(法学研究科 / 著者)
講談社 / 2016.06

綴葉 2016年8,9月号 No.350, p.10

 神像の破裂、山の鳴動、奇怪な発光、怨霊の祟り、神仏の託宣、天狗の跋扈。室町時代の日本は怪異に満ち満ちていた。しかし怪異は単に不合理な信仰ではないと著者は言う。中世の怪異は、政権・寺社・社会が織り成す複雑かつ不安定な権力の絡み合いの中で、合理的な情報媒体として機能していたのだ。著者はそんな怪異から室町人の思考を探る。

 本書をひもとけば、まず室町社会には怪異が文字通り氾濫していることに驚く。怪異というのは、元来寺社が何か問題を抱えている際に政権中枢に処置を促すための媒体であった。しかし、室町幕府を中心に、京都が人的ネットワークの中心となるにつれて、無数の怪異の噂は自ずから生まれ、尾鰭が付いて一人歩きし、社会を席巻するようになる。著者は当時の公家や僧侶などの日記から怪異の様相を読み込むのだが、溢れかえる怪異を偏執狂的なまでに細かく集めて分析しては、それを恐れる彼等の姿は見ていて興味が惹かれる。混乱した社会情勢の中、怪異の発信源である寺社の側も自らの依拠する権力に対して執拗に保護を求め、怪異を乱発するようになる。インフレを起こした怪異が最早重大なものと受け取られなくなる様は笑いさえ誘う。

 こうして噂が噂を大きくする様を読んでいくと、室町という時代がいかに混沌としていたのかが伝わってくる。激しい権力の交代の中、貴賎問わず群衆が寺社の祭礼に詰めかける様なども面白く、異形の中世を知るには好著である。

綴葉 2016年8,9月号 No.350