学術書の味わい

サンキュータツオ
米粒写経

 自分の研究のことばかり考えていると視野狭窄になる。それどころか、果たしてこんなことをやってなんの役に立つのか、とか、人生の残り時間を考えたときにこんなことをやっていていいのだろうか、と我に返ったりすることがある。そこで、自分の研究領域以外の人がどんな研究をしているのか、大学の図書館で論文などを読むようになった。すると自分よりも時間、才能、技術を「無駄遣い」したとも思える、そんなことしてどうするの、という論文が一定数あることを知った。これに大いに勇気をもらい、私の論文コレクションははじまった。収集した一風変わった論文は、書籍にまとめて紹介などもしたが、わかったことがひとつある。
 研究に関して大事なのは「我に返らない」「常に夢中」ということだ。

 ここでは書籍の紹介も、ということなので、いま手元にある書籍で語りたいのは、『伊勢集全注釈』(角川書店)であろうか。
 秋山虔(けん)、小町谷照彦、倉田実という3名の著者によるこの本は、伊勢という歌人の歌の全注釈を成し遂げた大著である。伊勢は三十六歌仙の一人で、平安時代中期の女性であり、『古今和歌集』には176首が入集している。紫式部や清少納言も彼女の影響下にある。そこで、この歌人が詠んだ全483首と補足63首の歌の全注釈に、紫式部研究の大権威である秋山虔先生、その弟子筋にある小町谷先生、さらにその弟子である倉田先生で挑んだというものだ。
 最初期はとある出版社からの依頼ではじめ、毎月集まっては歌の解釈をめぐり侃々諤々。本来は式部の研究などを主領域にしている先生方からしたら、伊勢はこれまでの研究で磨いた解釈や人間相関図を最大限に活かせる、楽しい対象だったかもしれない。本腰でないもののほうが軽い気持ちで楽しめるということがよくある。ところが出版元が倒産してしまい書籍の企画は頓挫、ここで勉強会も終わるかと思いきや、よほどこの勉強会が楽しかったのだろう、会自体は継続し、伊勢の全注釈作業はその後どこで出版するということも決まらないまま、25年に渡って毎月開催された。まさにバベルの塔である。楽しすぎて我に返らず、損得や時流にこびることなく、この3人はずっと「夢中」だったのである。
 自分が主領域だと思っていたものからは少しはずれる周辺の作業が楽しくてたまらない、というのは研究に携わった人だったら少しは理解できる気持ちだろう。出版後の回想録が、他の紙面に出ていたので読んでみたら、会議が長引いて秋山先生の自宅までいき、食事まで作ってくれた、みたいなことが書いてあった。夢中のほどがうかがえよう。
 1992年からはじまったこの作業は、一回の濃密な会合によって、一度に3首から10首ほどしか検討できなかったという。それゆえに各首、精緻かつ詳細な記述で、和歌の世界に触れたことのない人でもわかりやすく背景まで書かれている。むしろ濃すぎることをしたことで、わかりやすくなった。この『伊勢集全注釈』を読めば、伊勢のことだけではなく、平安時代の人々がなにに関心をよせ、どういう表現の方法をとり、なにをして感性を磨いていたかがよくわかる。
 たとえば、砂を送ってくれたお礼に歌を送ったという一首がある。「砂」が不燃ごみで捨てるにもお金のかかる現代の私たちからすると「砂?」とやや可笑しさとともに違和感を抱くだろう。しかし、当然この時代の人はテレビもラジオもネットもなく、携帯もスマホもなく、移動手段といえば馬か籠。つまり生活の範囲が極めて狭いうえに、代り映えのしない人々と顔を合わせるばかり。楽しみといえば、いかに庭をきれいに楽しく演出するか、ということだった。「借景」ということばを聞いたことがあるかもしれないが、縁側から眺める風景のなかに実際にある自然の山などを取り込むことで、縁側の内側から庭を見たときに額縁に収まる一枚絵として計算された庭のことである。自然を模すわけだから、川や山や森も模す。枯れない川を石や砂利で表現し、山は岩で表現した。そういったものもすべて家までわざわざ運ぶのである。そして砂は、緻密に計算された庭を演出するのに、もっとも大事なアイテムだった。苔が生えやすい砂、上に岩を載せても大丈夫な砂、川を表現するのに適切な砂など。そんなところに非常に希少価値の高い砂をプレゼントしてくれる友人がいた。これは歌でも御礼をせねば、となったわけである。
 この本にはこうした歌の成立した背景も事細かに書かれており、一冊読めば古典の知識が自然と身に着くようになっている。書いたのは古典文学全般に精通した巨人たちだから当然だ。ひとつの「具体」を突き詰めることで、むしろ射程距離を広くし「普遍」性も獲得した好例だと思う。
 勉強会の開始から20年を超えた2014年に小町谷先生が亡くなり、2015年には秋山先生が亡くなった。そうしてこの大著は、陽の目を見ずに終わってしまいそうになったところを、この2人の労を無駄にしてはいけないと、倉田先生が出版社にかけあって販売にまで漕ぎつけた、魂の一冊というわけである。2万の定価が安いか高いか、それは研究者の皆さんだったらおわかりだろう。

 論文や研究書を味わう場合、「内容」とおなじくらいの比重で「書き方」を味わう。もちろん論文は文字数が限られているので、すでに共通言語を共有している同業者が理解できればそれでよい。一方で、科学コミュニケーションという意味では専門書とはいえ「本」という形で刊行されるものには、「内容」だけではなく「書き方」も工夫をしてもらいたい。これは大衆に媚びろというわけでは決してない。現在の「同業者」が未来も存在するかわからないのが学問である。いまは権勢を誇っていても、いずれ過去の学問として葬られてしまうであろうものもたくさんある。そうなると、共通言語を共有できる人が存在しなくなり、未来の謎を解くヒントになるかもしれない「廃れた研究」を読み解くことができる人もいなくなるのだ。
 研究論文や研究書はZIPファイルのようなものだ。その内容を理解するために前提とする知識やトレンドをすっ飛ばして、いきなり本題だけを凝縮して、さらに圧縮したスタイルのものである。解凍できる研究者がいるぶんにはその書き方で構わない。発表された年数と、タイトルと内容があれば、どういう文脈でなにを言ったのか、歴史的に位置づけることも可能だろう。が、もし解凍できる人が存在しなくなってしまうと、どんな内容であれ歴史のなかに位置づけられない以上、存在すらしないことになってしまうのが研究書なのである。そういう危機感を持っていても良いかもしれない。
 思えば、和歌も時代のニュアンスや背景、人の感情を圧縮したZIPファイルだ。それを解凍する名人がいたから『伊勢集全注釈』は成ったが、果たしてこの3人がいなければ、世に出なかったかもしれない一冊なのである。
 これまで収集した論文の著者に、実際にコンタクトをとって会いに行ったことが何度もある。どの先生にお話をうかがっても、この論文を書いてリアクションをくれたのはタツオさんがはじめてです、と言う。読まれない論文はそもそも存在すらしていないのだということを、彼らは切実に感じていて、だからこそ他ジャンルの人にも届いてほしいと思い、研究の切り口を変え、書き方を工夫していた。

 「わかりやすく伝える」のは学者の仕事ではないという考え方もあるが、いまはまだ科学コミュニケーターも正解がなんなのかを模索している発展途上期だ。つまり、書く側が読む人の知識や読解力を想像して、自分で設定して書かなければならない時期なのである。でもだからこそ、他ジャンルの人と直接出会えるチャンスも転がっている。
 研究はZIPファイルなので、内容は「わかりにくくても最上のもの」であるべきだ。
 わかる人が解凍して読み解けばいい。しかし、解凍の手段を持たぬ人にも届ける努力も、たまにはしてみると自分のしていることを客観視できるいい機会になるかもしれない。
 家族の理解を得られない、というのは研究者の常ではあるが、身近な科学コミュニケーションとして、信頼できる家族や友人(あくまで信頼できる人に限ります、引かれるので)に自分の研究を伝える作業からはじめると、自分が研究のどこに重要性を感じ、なにに惹かれており、どこで立ち止まっているかを知ることができるかもしれない。
 私たち研究者がやっていることは、和歌を詠んでるのとおなじことなのだから。

著者紹介
著者近影
1976年東京都生まれ。漫才師「米粒写経」として活動中。 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。文学修士。 現在、一橋大学・早稲田大学・成城大学非常勤講師。専門は日本語学、語用論、表現論、文体論、笑い。 単著『学校では教えてくれない!――国語辞典の選び方』『ヘンな論文』『もっとヘンな論文』(いずれもKADOKAWA)など。 最近では、『広辞苑 第七版』(岩波書店,2017)において、「サブカルチャー分野」の項目を執筆担当。2017年4月から2019年3月まで朝日新聞書評委員。TBSラジオ『東京ポッド許可局』など。アニメオタク。